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尼港事件その 2 [記事]

 尼港は沿海州最北端、アムール河口に位置する港湾都市で、日本人が早くから移り住んで漁業関係の事業に従事していた。日本軍がここを占領したとき、日本人の人口は軍・民合計で八百人前後だった。

 1920 年1 月、共同出兵していたアメリカが単独撤退を発表すると、シベリアの情勢が激変した。アメリカ軍亡き後の主力は日本軍だけであり、しかもほぼ時期を一にしてコルチャック政権が消滅したため、シベリアの革命派は一気に勢力を増し、攻勢をかけてきたのである。このため、反革命派を支援していた日本軍は危機にさらされた。

 革命派はウラジボストーク、ハバロフスクなどの拠点にじわじわと勢力を浸透させ、アムール河口の尼港にも触手を伸ばしてきた。トリャピーツィンの指揮する四千人のパルチザン部隊が、尼港を包囲したのは同月末のことだった。この部隊にはロシア人のほかに、多数の中国人、朝鮮人が含まれていた。

 彼らは包囲に先立って、ハバロフスクと尼港を結ぶ電線を破壊したため、外部との通信は無線による以外は不可能となった。更にまた酷寒のシベリアは、11ー5 月までアムール川と河口の港湾が凍結する。したがってこの間、尼港は艦船で近づくことができず、外部から遮断された、全くの陸の孤島と化してしまうのである。

 包囲された状況での戦闘で日本軍は善戦したが、四百人の兵力では四千人の敵軍かなうはずもなく、翌二月末になって「日本人居留民に危害を加えない。ロシア人、一般市民の生命財産を保証する」を条件に講和、開城を受け入れたのである。更にまた「日本軍と作戦行動を共にした、ロシア人白軍兵士の生命の安全を保証する」という条件で彼らの武装解除も承認した。

 だが開城後乗り込んできた赤軍パルチザンは、たちまちその本性をむき出しにした。武装解除された白軍兵士を片っ端から殺戮し、ロシア人資産家の屋敷を襲って殺人・暴行・強盗・強姦の限りを尽くし、はては日本軍の武器の引き渡しを命じてきたのである。事ここに至って日本軍も反撃の戦いを開始したかが、もはや手遅れだった。三月中旬酸鼻を市街戦が始まり、八百人の日本人の大半がこの時殺された。赤軍パルチザンの中でも最も残虐行為を行ったのは、中国人と朝鮮人の兵士だったという。

 もし日本軍が白軍兵士の武装解除認めず、彼らとともに武器をとって徹底抗戦していれば、赤軍パルチザンは膨大な犠牲を出していただろう。白軍の幹部は「赤軍は約束したことを破るなど屁とも思っていない。彼らは必ず我々を裏切って皆殺しにしてくるだろう」と最後まで武装解除に抵抗した。さすがに彼らはロシア革命後数年間にわたる赤白内戦の嵐の中で、共産軍兵士たちの非人間的な残虐ぶりを、骨の髄まで思い知らされていたのである。この白軍幹部は開城直前に、日本軍に対してそれまでの援助と協力を謝し自決して果てた。

 五月に入り、アムール川結氷も解け、港を閉ざしていた流氷も去り、音信不通となっていた陸の孤島尼港に、ようやく救援の手が差し伸べられようとしてきた。このころには尼港の情報はある程度日本にも伝わっていたから、ハバロフスクの日本軍第十四師団主力がアムール川沿いに、さらにまた日本本国からも休出の艦船が、尼港目指して向かった。

 この動きを察知するや、トリャピーツィン指揮下のパルチザンは尼港脱出を決め、その直前に、生き残った市民に対する最後の大殺戮を決行したのである。三月の殺戮をかろうじて生き延びたわずか百数十人の日本人は、負傷者や病人を含めてすべて市内の収容所に収監されていた。彼らは五月二十四日、全員アムール川の岸辺に連行されてそこで虐殺されたのである。

IMG5.jpg

 上の地図右側にある「ソビエツカヤ・ガバニ」という都市の20キロほど北に、「ワニノ」という港がありますが私たちはこの港に上陸しました。築港には鉄道線路が2本ありました。新しく「サハリン」の連絡船の岸壁は別に作ったようです。

 この港から貨車で捕虜として北に向かったがどこに住んでいたか、いくら地図を見てもわかりません。とにかく鉄道線路に砂利入れて線路を固めたものです。この線路はアムール川の鉄橋を渡ってバム鉄道(シベリア第二鉄道)につながっています。場所は「コンソモリスク・ナ・アムーレ」の町の近くの小さな駅近くで接続しています。当時は貨車を積んだ船がかわを往復して冬になると氷が張るので交通途絶になっていました。


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馬爺

訪問コメントありがとうございました、これからもよろしくお願い致します。
by 馬爺 (2018-01-09 18:03) 

mimimomo

こんばんは^^
これは南京事件どころじゃないですね。この気質、今にも脈々と継がれているみたい。
by mimimomo (2018-01-09 19:22) 

萌田かずきち

中国人・韓国人・・・昔から変わって無いですね。
by 萌田かずきち (2018-01-10 02:54) 

坂の上の蜘蛛

おはようございます。
貴重な戦記いつも興味深く拝読、勉強させていただいております。
昨年末しばらく更新されていなかったので気掛かりでしたが
復活されたのでほっと致しました。
私のブログに新年の挨拶を頂いておりましたが返信を忘れておりました。
大変失礼しました。改めましてこちらで返信させて頂きます。
本年もよろしくお願いいたします。
今年も語り部として色々伝えてくれることを期待しております。
by 坂の上の蜘蛛 (2018-01-10 10:53) 

tarou

こんばんは、「恐竜時代から」に
コメントを有難うございました。

今年も、よろしくお願いいたします。

by tarou (2018-01-10 22:11) 

ニッキー

遅くなりましたが
今年もどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
良い事がたくさんのステイな年になりますように(^O^)
by ニッキー (2018-01-11 16:12) 

美美

大変遅れましたが
今年もよろしくお願い致します(^^)/
by 美美 (2018-01-12 18:24) 

mimimomo

こんばんは^^
雪かき、お疲れ様です。
家の中は暖かいのでしょうけれど、お気をつけてお過ごしくださいませ。
by mimimomo (2018-01-13 18:35) 

きまじめさん

遅ればせながら、新年のご挨拶申し上げます。
本年も宜しくお願いいたします。
by きまじめさん (2018-01-15 23:50) 

mimimomo

こんばんは^^
ここ二日は我が家の方は少し暖かでした。しかしこの頃は地震などもあり落ち着かないですね~北海道でもあったとか・・・
お互い気を付けて過ごさないといけないですね。
ご訪問ありがとうございました。
by mimimomo (2018-01-18 18:40) 

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