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樺太逢坂・歩兵第25連隊 [体験記]

前回も書いたが、ソ連参戦で対米陣地構築のため、連隊本部、歩兵砲大隊を小沼に置き、第1大隊を落合に、第2大隊を西能途呂岬、第3大隊を留多加に展開した。

しかし、ソ連参戦したため歩兵第25連隊が、真岡を中心とする守備についたのは、8月9日以降で、第1大隊主力が真岡に着き、小能途呂から真岡にかけての海岸線の背後に入り、連隊本部と歩兵砲大隊は逢坂に進出したのは12日であった。

しかも、第1大隊第3中隊は恵寿取の第125連隊の応援に急派され、第10中隊は上敷香の筑紫参謀の指揮下に入り、1個連隊というものの、歩兵は約半数の兵員であった。

10日、本斗~野田に至る海岸線、ソ連から防御するために重点配置をした。しかし、11日には国境方面の戦闘が思わしくないので第1大隊の一部を残し応援するよう師団命令。

しかし、その後ウラジオストックからソ連艦隊が北上中ということで先の命令を取り消し前任務に復帰するようにとの命令で慌ただしい命令変更で右往左往したが、第1大隊は本部と主力を真岡。新貝沢に残し、各中隊しょうたいを決められた場所に配置した。

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 黄花のセイヨウノコニリソウ。 IMG_3437_1.jpg



 アガパンサス。 IMG_3435.jpg

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